日本のエンタープライズ調達には、海外の担当者がなかなか信じてくれない特徴がある。機能一覧にたどり着く前に、もう値踏みが終わっているということだ。

先日、ある企業向けAIクラウドの日本語トップページを読んでいた。ISO認証をずらりと並べ、「トラストセンター」まで掲げている類のプラットフォームで、技術そのものは間違いなく最先端だ。日本語も、読んで意味が取れないような代物ではない。むしろ、おおむね自然に流れる。

それでも、日本語ネイティブなら数秒で気づいてしまうものがあった。気になったので、数えてみた

1. 日本の買い手は、細部を「本気度の代理指標」として読む

日本のエンタープライズ調達は、よく減点法だと言われる。加点を積み上げて選ぶのではなく、不安を一つずつ潰して、最後に残ったものを選ぶ。稟議という仕組みがある以上、担当者は社内に対して「この会社を選んで大丈夫な理由」を説明し続けなければならない。逆に言えば、説明しにくい要素は、それ自体が失点になる

ここで表層の丁寧さが効いてくる。買い手は、まだ製品を触っていない段階では品質を直接測れない。だから代わりに、目に見えるものを手がかりにする。日本語が整っているか。表記が揃っているか。この会社は日本市場をどれくらい真面目に見ているのか。

不公平に思えるかもしれない。だがこれは日本に限った話ではない。誰でも、判断材料が足りないときは見えるところで判断する。日本市場の特徴は、その判断が驚くほど細かい単位で行われることだ。

2. 数えてみた結果 — 問題は「小文字」ではなかった

トップページ1枚の可視テキストを、実際に数えた(2026年7月27日時点)。

あるエンタープライズAIクラウドの日本語トップページ・可視テキストの実測(2026年7月27日)
表記大文字小文字
AI / ai21回33回
API / api4回3回
ID / id1回1回

最初は「英字略語が小文字になっている」という話だと思っていた。日本のIT実務では AI・API・ID・SaaS は大文字で書くのが当たり前だから、小文字表記はそれだけで「詰めきれていない」印象を与える。

だが数えて分かったのは、もっと厄介なことだった。小文字で統一されているわけではない。同じ1ページの中で、大文字と小文字が併存している

自社のブランド名にいたっては、3通りの表記が同居していた。正式表記が15回、全部小文字が9回、その中間の表記が2回。会社が自分の名前を3通りで書いているページを、買い手は読むことになる。

決定的だったのはここだ。あるエージェント機能の紹介で、「安全な id 制御」(小文字)と「ゼロトラストのIDとアクセス管理(IAM)」(大文字)が、同じブロックの中に並んでいた。これは、書いた人が略語の書き方を知らなかったという話ではない。知っている人が書いた箇所と、機械が出したまま通った箇所が、混ざっているということだ。

同じ根から出た症状は他にもあった。ある製品名は、同一ページ内で大文字始まりと小文字始まりの両方で登場する。それが2製品ぶん。そしてキャッチコピーの一つには、中国語の形容表現が翻訳されないまま残っていた

症状は4つ。原因はひとつしかない。出す前に、人が最後に一度通して読む工程が、無い。

3. なぜ「信頼を売るページ」ほど、これが痛いのか

ここからが、この事例を取り上げた理由だ。

問題のページが売っているのは、ゼロトラストであり、ISO 27001 であり、SOC 2 であり、検証済みの管理体制だった。ページの下部には堂々と「トラストセンター」へのリンクがある。認証のロゴは13個並んでいた。

つまりこのページは、「私たちは細部まで検証しています」と主張している。その主張を載せている日本語自体が、検証されていない。

日本の買い手がこのページを開いたときに何が起きるか、想像してほしい。ゼロトラストのアクセス管理について読んでいる。その同じブロックで、idID が揃っていない。声に出しては言わない。ただ、こう思う——「このレベルの整合性で、うちのアクセス制御を任せるのか」

不合理な連想だろうか。私はそうは思わない。ローカライズは、その企業が「重要でない」と判断した仕事をどう扱うかの見本だからだ。買い手はそれを見て、サポートの質やSLAの運用まで推し量る。日本語ページの粗さは「日本市場は後回しです」という、誰も書いていないメッセージとして読まれてしまう。

機能で勝っていても、ここで負けうる。

私自身、自分が書いた日本語について「機械翻訳みたいだ」と言われたことがある。指摘されるまで気づかなかった。自分では見えないというのが、この層のいちばん厄介なところだ。

4. 直し方 — 翻訳のやり直しではない

いい知らせがある。ここは作り直しの必要がない領域だ。日本語そのものは十分に機能している。足りないのは、用語の統一と、最後にネイティブが一度読むこと。それだけだ。

Before(現状)After(あるべき)
aiAI が同一ページに併存AI に統一
apiAPI が併存API に統一
idID が同じブロックに同居ID に統一
自社ブランド名が3通りの表記正式表記に固定(1通り)
製品名の大文字/小文字がゆれる正式表記に固定
中国語の形容表現が残存日本語に置換

やることは2つしかない。

① 用語集を1枚つくる。 AI / API / ID / SaaS といった略語と、自社のブランド名・製品名を、正式表記で固定する。大文字小文字のルールもここに書く。A4で1枚に収まる。

② 出す前に、日本語ネイティブが一度通して読む。 翻訳者とは別の人が、最終工程として読む。これだけで、上に挙げた症状は全部止まる。

工数で言えば1日の仕事であって、プロジェクトではない。にもかかわらず放置されやすいのは、社内に「これが減点になっている」と気づける人がいないからだ。英語ネイティブには見えず、日本語ネイティブの担当者はまだ採用されていない。この空白の期間に、商談が静かに減っていく。

私はこの1か月で、日本市場に入ろうとしている海外企業の日本語ページを10社ぶん見て回った。程度の差はあれ、同じ層が抜けている会社がほとんどだった。逆に言えば、ここを埋めるだけで抜け出せる、ということでもある。

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もしあなたが英語ファーストのプロダクトを日本に持ち込もうとしているなら、この層は「本気のベンダー」と見られるか「通りすがり」と見られるかを分ける。

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※本記事は特定企業を批判する目的のものではありません。同種の課題は日本参入初期の海外企業に広く見られるため、企業名・製品名は伏せています。数値は2026年7月27日時点の公開ページを実測したものです。

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